イモトのWi-Fi不妊治療参入
Wi-Fiルーターのレンタルサービス「イモトのWiFi」と
PCR検査で有名な「にしたんクリニック」の共通点をご存じだろうか。
実は、この2つは経営母体が同じなのだ。
1995年創業のエクスコムグローバル社がどちらも運営している。コロナの影響で海外渡航者が激減し、
主力の「イモトのWiFi」事業が急速に縮小した同社だったが、
代わりに立ち上げたPCR検査事業が急成長し九死に一生を得た。医療分野ではほかに美容クリニックを展開。
郷ひろみさんが歌うバックで
3時のヒロインが踊るCMを見たことがある人は多いのではないだろうか。2021年8月期の売上高は176億円で、
その大きな部分を医療分野が占めるという。
そのにしたんクリニックが不妊治療に参入するというから、
業界に激震が走っている。生命倫理がことさら重要となる分野であるだけに、
相容れないイメージを持つ同クリニックの参入には
眉をひそめる医療関係者も少なくない。4日連続特集「不妊治療は“ひとごと”ですか?」
4日目第1回は、不妊治療に参入する理由をエクスコムグローバルの西村誠司社長に聞いた。第2回:「不妊に悩む人多い」日本社会が見過ごす根本原因
第3回:「生理痛が重い」を放置する女子に潜む不妊リスク
■自身も体外受精を経験
――今年6月に新宿で不妊治療クリニックの開院を予定しています。なぜ不妊治療に新規参入するのでしょうか。
僕自身、6年前に長女を体外受精で授かった。
当時はアメリカに住んでいて、治療を始めたときに妻は41歳。
やっぱり40歳を超えていたから、遺伝子の病気のリスクも頭をよぎった。自然妊娠もトライしようと思ったけど、
むしろ自然妊娠でするほうが気がかりだったから、着床前診断を受けることにした。検査結果は、12個の受精卵のうち染色体異常のないものが1個しかなかった。
それで、その受精卵を戻したら1回で妊娠した。一発です。たまたまかもしれないけど。
でも、着床前診断をしていなかったら、ずっと妊娠せずに心が折れていたかもしれない。にしむら・せいじ/1993年名古屋市立大学経済学部卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)入社。1995年ボイスメールシステムの運用を行う、有限会社インターコミュニケーションズ(現エクスコムグローバル株式会社)を設立、代表取締役社長就任(撮影:今井康一)
僕の弟も日本で不妊治療をやっていたが、
結局子どもは授からなかった。
もちろん確かなことは言えないが、
僕たちの不妊治療の経験から、
弟夫婦も着床前診断をすべきだったと思っている。治療していた当時、
渡米して検査を受けることを勧めたが、
結局仕事の都合がつかず来られなかった。
そこにすごく悔しい思いがある。だったらアメリカに渡らなくても、
日本で同じように受けられるようにすれば、
100%ではないけれど、子どもができる可能性を上げられるのではないか。何が正しいかは個人の価値観だが、着床前診断を選択肢として提供したい。
■5年で50院ほど展開する
――4月1日からの保険適用を見据えて、参入を決めたわけではない?
それは全然関係ない。日本に戻ってきた昨年6月に絶対にやろうと決断した。
保険適用の制度自体、まだはっきりしない部分があるので、
どういう組み合わせがいいか、今決めている最中だ。
4月以降走ってみなきゃわからない部分もあるが、
6月1日に開院する新宿のクリニックはオール自由診療で始めると思う。今後5年くらいで50院ほど展開する計画だが、
うち10院くらいを自由診療にして、着床前診断を実施するクリニックにしたい。
残りの40院くらいは保険適用の範囲内の診療を行う、一般的なクリニックにする予定だ。50院はすべて新規開院というわけではなく、買収もしていく。
まだ発表していないが、すでに買ったところもある。
だから、そこで今までやってきた何十年にわたるノウハウも持っている。――着床前診断については、「命の選別につながる」という観点から、日本産科婦人科学会は慎重な姿勢をとっています。
着床前診断の是非を問う以前に、染色体に起因する流産が多いのはまぎれもない事実。
これをなんとかしたいという思いが強い。学会の慎重論もわかるが、
学会の言うデメリットよりもメリットのほうがとてつもなく大きいと考えている。
ただでさえ不妊に悩んでいる人たちに、
防げるはずの流産を何度もさせる必要があるのか。
流産は患者さんの心を殺してしまう。
僕たちはそうした経験やお金、時間の負担をなくしたい。
お金儲けをしようとかじゃなくて、
着床前診断という選択肢がないことで不利益を被っている人の力になりたい。学会が言っていることが正しいって、誰が決めたのかという話もある。
僕が11年住んだアメリカでは、着床前診断が当たり前のように行われている。
着床前診断を否定するのであれば、アメリカ全体がおかしいの?という話になってくる。
グローバルで見たら日本がおかしいんじゃないかとも思える。ただし、コンプライアンスを順守するのは当然で、法に則って事業を展開する。
不妊治療の「やめ時」の指標にもなる
――ダウン症など、染色体異常児の権利保護の問題もあります。とても繊細な議論が必要とされていますが、この点についてはどう考えていますか。
もちろん、染色体異常も1つの個性とみなして育てていらっしゃる人もたくさんいる。
僕は染色体異常をもって生まれてくる子をないがしろにしようと思っているのではない。だけど国によってその方針はさまざま。
結局、何が正しいかではなくて、価値観の問題。
やっぱり、染色体異常をもって生まれた子たちを育てる大変さがあるのも事実だと思う。あと、不妊治療のやめ時を年齢で考える人が多いが、着床前診断をして
何回やっても染色体異常のある受精卵しかできないときを、やめ時にすることもできる。
そのほうが、納得感もあるとも思う。
着床前診断を受けないという選択肢もある。
決めるのは当人たち。僕らは無理強いするわけではない。――4月から学会のルールの下、着床前診断を行う施設では、受精卵の性別(性染色体情報)の開示は原則しない方針です。にしたんクリニックでは性別を知らせるのですか。
産み分け(性別の開示)に関しては、そんなに積極的にやるつもりはない。
やっぱりそれはちょっといきすぎだと思う。――新規参入とあって、治療の質を懸念する声もあります。
僕らは妊娠に至って子どもが生まれるという結果に、最大限のコミットはする。
だけど、僕らのサービスが「ベスト」である必要はないんですよ。不妊治療を受ける人で、高度な技術を用いないと妊娠しない人の割合は少ない。
ほとんどの人は、3つぐらいのスタンダードなメニューで十分なのに、
今の医療業界はまったくとんちんかんなことやっている。僕らは、ほとんどの人にとって最適なものは何なのか、
お客さんがいちばん幸せになることを考えて、バランス感覚を持ってマーケティングをやる。
だから、あっという間に1番になれる自信がある。医療も「サービス業」
お医者さんの目線で考えると、
「最新の治療がいい」とか「医療技術なめるな」とか、
そういう話になるが、僕があらゆる事業をやってきて思うのは、
結局すごく見栄えのいい内装でおいしい料理が出せるレストランがあったって、
お客さんが誰一人来なかったらまったく意味がない。僕が気に入っているレストランで
すごくおいしいのにつぶれちゃったりすることもあれば、
そんなに大した料理を出してないのに繁盛しているレストランもある。
選択するのはお客さんだ。こういうことを言うと、
「食べ物と一緒にするな」「レベルが違う」という話になるけど、
僕はそうじゃないと思っている。
結局、どんなにいいものがあっても、
選ぶのは患者さんだから、患者さんがそこに行って治療を受けようと思わないと話にならない。僕たちは、お客さんがどうやったら集まるかをわかっている。
提供するものは食べ物であれ、医療であれ、同じサービス業だ。開院予定の新宿、品川、日本橋のクリニックは
駅直結の有名なビルで内装にもこだわっている。
「一流の場所に最高のものを」。
マーケティングには場所や内装も重要だ。――西村社長の言う「ベストじゃなくてもいい医療」で妊娠できる人たちは、基本的に保険適用の範囲内の治療で済むのでは? そうであれば、実績のあるクリニックに患者が流れはしないのでしょうか。
それは見せ方次第。
僕らには資金がたんまりあって、この事業に200億円ぐらいは投資できる余裕がある。場合によっては、
自由診療で展開して
「うちのクリニックで結果が出なかったら全額返金します」というようなやり方をしてもいい。
何年も大赤字が続くかもしれないけど、
上場していないオーナー企業なので、採算がとれなくてもいいという判断はできるし、
僕のポケットマネーで運営する方法もある。いちばんは結果を出すこと。
結果が出なければ僕らが泣けばいい。
自分たちが不妊治療をやることによって、患者さんの選択肢を増やしたい。経験のある医師、胚培養士をきちんと採用する
もちろん、安全性もきちんと考えないといけない。
医療の質を高めるというのは当然考えていて、
まったく専門分野じゃない人間を集めてきて頭数そろえるとかは絶対ない。
不妊治療の経験のある医師、胚培養士、看護師などをきちんと採用していく。そのうえで「日本一になる」というビジョンに共感できる人が、今集まっている。
あと、やっぱり圧倒的な資金力があるので、条件を上げていけばいくほど応募はいっぱい来る。
だから役者はそろう。――医師は学会と考えの異なるにしたんクリニックに勤めることで、他の病院で勤めにくくなったり、今後のキャリアに影響が出てしまったりすることはないのでしょうか。
影響はあるだろう。そういうのを恐れる人がほとんど。
だけど僕らは、そういうことになった場合は、
「あなたが一生稼ぐだろう金額を僕らが保証します」と一筆書く。
一生面倒を見る覚悟がある。――当面の目標は?
現在の出生児数に5万人プラスしたい。
50院で年間1000人の出産を実現できれば、年間5万人の出生児数を増やせることになる。
妊娠した子どもたちが毎年東京ドームに来たら、1杯分ずつ増えていくかな、なんて話している。(4日目第2回は「不妊に悩む人多い」日本社会が見過ごす根本原因)
東洋経済オンラインより https://toyokeizai.net/articles/-/541409